”福岡県神社誌”の研究 37 福岡県神社誌概論 36 修験道場としての彦山・竃門の諸山2

 彦山の胎蔵界に対して金剛界の峯に寳満山がある、太宰府の東に
聳立する800米の花崗岩の峻峰で、山頂に玉依姫命を祀る
竃門神社がある。天武天皇の朝法相宗の心蓮法中寺を建て法灯盛んに、
かの最澄・空海・慈覺等もこの山寺に修法し航海安全を祈った。
太宰府との関係上朝廷の崇敬も厚く嘉承元年には正一位の極位を
賜うたと云う。築上郡岩谷村に聳える782米の求菩提山も亦
修験道場として栄えた。釈行善の開山と伝え、名僧行尊につき
修験道を修めた頼厳は保延の初め当山に登り衆徒を調誘し山伏の
規則を定め多宝塔を始め諸堂を建立本山を中興した。彼の奉納せし
康治の銅板法華経は大分県西国東部長安寺の保延七年の
銅板経と共に藤原時代に於ける地方文化相を窺うに足るものである。
 標高900米の鞍手郡の福智山も釈行順の開山と伝える修験道場
であり、上宮には福智権現と称え保食神を祀る。
又山麓頓野内ケ磯には三代実録に載る鳥野神社が鎮座されている。
尚、京都郡犀川村の蔵持山(蔵持山三社権現社)、白川村の
青龍窟のある等覺寺(白山神社)、築上郡友枝村松尾山(三社神社)
等みな当時の修験道場であった。

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June 11, 2017

読んでいる本 クオンタムユニバース 量子

量子 あまりわからない。
わからなくても良いらしい。

不確定性原理の説明で Δx(位置の不確実さ)Δp (運動量の不確実さ)h(プランク定数 6.62607004 × 10-34 m2 kg / s)~(だいたい等しい)
ΔxΔp~h
言葉で表現すると 粒子の位置のあいまいさと運動量の曖昧さの積は、およそプランク定数に等しい。
位置か運動量のどちらか一方を正確に調べるほど、もう一方が不正確になる。
ーーーわかったような わからないようなーーー

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April 24, 2017

読書感想 生命とは何か

「生命とは何か」の読書感想です。  読書感想より先に、借りてきた本の感想からお知...

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August 26, 2015

”福岡県神社誌”の研究 59 福岡県神社誌概論 58 中央有力神社の地方勧請

”福岡県神社誌”の研究 58 福岡県神社誌概論 57 中央有力神社の地方勧請

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July 25, 2015

”福岡県神社誌”の研究 58 福岡県神社誌概論 57 中央有力神社の地方勧請

27koma
中央有力神社の地方勧請
 平安朝に於いて熊野三山(熊野坐神社・熊野速玉神社・那智神社)の信仰勢力は、仏教と融合して全国的になり、八女郡広川荘はその社領となり、羽犬塚には坂東寺熊野神社が勧請され、八女郡の各村には上妻村の熊野速玉神社を始め特に多くの熊野神社の建立を見た。宗像郡南郷村熊野神社は天安年間の勧請と伝える。又、熊野の山伏・比丘尼は諸国を勧進漂泊しくまの信仰を宣伝移植したために、本県各地にこの熊野社の建立を見た。例えば早良郡脇山村の十二社神社、壱岐村の熊野神社等は、比丘尼某熊野の分霊を奉じて土着し付近の土地を開拓したと伝えている。
 京都の祇園八坂神社は、清和天皇の貞観年間近畿に疫病流行の時、播磨廣峯社を京都八坂郷に分祀したと伝えられるが、鎮疫のため亦各国に勧請された。京都郡今元村須佐神社(祇園社)は、建長6(1254)年今井津に疫病流行の時に今井の地頭福島采女村上左馬が上洛して勘定したと伝え、山門郡瀬高町の八坂神社は安元2(1176)年の鎮座と伝え、久留米の素盞嗚神社は貞観17(875)年法印真應の勧請と言い築上郡南吉富の八坂神社は播州から遷祀と伝えている。
  農業神に対する信仰もこの時代真摯(しんし)を極め京都伏見の稲荷神社も多く本県に勧請された。田川郡金田町の稲荷神社は天長7年阿部重種託宣を蒙り山城国の稲荷神社を勧請すとあり、企救群西谷村徳吉の稲荷神社は元慶四年山城国から勧請長野氏の崇敬厚かった。
 祈雨若しくは止雨のために、京都鞍馬の貴船神社が朝野の崇敬をうけ、本県亦多く農村に祀られ、京都郡築上郡には地勢上多いようである。

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June 29, 2015

”福岡県神社誌”の研究 57 福岡県神社誌概論 56 有名神社の位階と優遇3

26コマ
 尚、文徳天皇の嘉祥三(850)年12月には天下大小の諸神官社の別を問わず、
有位には一階を進め、大社及び明神は無位といえども従五位下に、又従五位下以下は
有位無位を論ぜす総て正六位上に叙せられた、これは天皇即位に当たり普く天下の諸神を優遇せられたものである。又、醍醐天皇の寛平九(897)年十二月には三四〇社の位階を昇叙されたが、この際は一々の社名は詳らかでないが本県神社の二三も昇叙されているであろう。
 万葉集に、神亀五(728)年大伴旅人が太宰師として赴任した際、香椎宮に参拝して詠んだ歌が載っており、筑前国風土記には「筑紫国に到る者例に先ず香椎宮に参詣で」とあり、国司は赴任の際神階の高き神社に対して参拝するを例としたが、何時の頃からか一宮・二宮・三宮などの制度起こり、平安朝初期にその実を備えた。筑前にあっては初めは住吉神社が一宮であり次に筥崎宮が之に代わり、筑後は高良神社、豊前は宇佐神宮が一宮であった。また、巡拝に困難なために国府に近き所の神社に国内の重なる神々を合祀し祭儀を挙げた、これ総社国府八幡宮・守宮等の発生であって、京都郡国作の惣社八幡神社はそのひとつである。尚、左経記によれば、一代一度の奉斎に預かったのは宗像・高良・香椎・岩清水社であって、天下の諸社と相並んで朝庭の御崇敬極めて盛んであった。

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June 11, 2015

”福岡県神社誌”の研究 56 福岡県神社誌概論 55 有名神社の位階と優遇2

26コマ
住吉神は、貞観元(859)年従五位下、志賀海神・美奈宜神は従五位上を授けられ、
織幡神は嘉祥三(850)年従五位下・貞観元(859)年従五位下・元慶元(878)年
正五位下に叙せられ、筑紫神は貞観元(859)年従四位下・元慶三年従四位上を授けられ、豊比咩神は天安二(859)年・貞観六年・十一年に授位、寛平九年加階あって
正四位上、大富神は貞観二(861)年従五位下に、辛国息長比咩神忍骨神は
貞観七(865)年従四位上、鳥野神は貞観一五(874)年従五位下・
元慶六年従五位上、真氏良布(まてらふ)神は元慶元(877)年従五位上、
高磯比咩神も天照神も同年従五位下を叙位、元慶二年高樹神に従五位上、
同三年真氏良布(まてらふ)神に従五位上、・四年正五位上を、同四年
賀津萬神・大歳神に従五位下が授けられている。蓋しこれらの神々の叙位は本県の
地勢上外寇及び遣唐使など海外関係の事項についての叙位の多いことが注目される。

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June 03, 2015

稲の一生

今年も、田植えが始まります。 美味しい米が、たくさん収穫できますように。 昔だっ...

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May 20, 2015

”福岡県神社誌”の研究 55 福岡県神社誌概論 54 有名神社の位階と優遇

  有名神社の位階と優遇
神祇に位階勲階を授けられることは、天平十八(746)年聖武天皇御不豫の際
八幡大神に祈願あって三位に叙せられたのを始めとし、
勲位は實亀二年十月越前国従四位下勲五等剣神とあるを初見とする。
以来遷都・行幸即位または外寇等の臨時の祈願報賽等により授位若しくは進階せられ、
特に平安朝の中葉延喜の時代まで盛んに行われた、延喜以後は国史の徴すべきのを
欠いているが大体に少なくなっていったようである。以下本県関係の有名神の授位について挙げてみよう。
 宗像神は、任明天皇の承和七(840)年勲八等宗像神に従五位下を授けられて以来
嘉祥・仁寿・天安・貞観に授位あり、貞観元年2月には正二位に累進し、
天慶年中には正一位勲一等に昇った。
竈門神は、承和七(840)年従五位上より嘉祥・貞観・元慶と授位あり、
寛平八年正四位上を授けられ、嘉祥元年には従一位から正一位の授位有りしと伝え、
高良玉垂神は、延暦14(795)年従五位下を授けられてから承和七、八年・
嘉祥元、三年・仁寿・天安・貞観元、六年と授位、十一年には従一位を加えられ、
筑後国神明帳によれば寛平九年正一位を授けられている。

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May 16, 2015

今朝の雲

先日の雲です。右手西方では、雷鳴が聞こえていました。 今日は曇り空ですが肌寒いで...

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March 06, 2015

”福岡県神社誌”の研究 54 福岡県神社誌概論 53 荘園と神社の分布3豊前

  豊前では、田川郡の位登荘は弥勒寺喜多院領、新開荘は宇佐宮領、 中田荘も宇佐大...

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